僕には皆同じ顔に観える。

目に見える任意の手法が流行ると、
一団となってその手法を試して、
他の人と同じになるコトに満足する。
何のフィムルを使っているとか、
どこそこで現像したとか、
誰の影響を受けているとか、
それらを意図的に解らせるような写真を増産して、
同じ手法の中にいる自分に安堵する。
安堵を乱さぬ範囲内での違いを競い合い。
それを個性と呼んでいる。
一見、
明確な目的を目指しているように捉えているが
それは不安から生じる手段の画一化だと思ふ。
画一化された集団は
拡散はするが、進化することは稀である。
そして
そんな集団は
何事も無かったかのように
次の画一化に向けて動き出す。
意志の無い自由とは、
迷いの連続であって
不自由このうえない。
まぁ
そんなコトは
生きていくうえで、
別にどーでもいいことなのだが。
その画一化が作り出す囲いの中で
心地よく微笑んでいる人たちが
僕には皆同じ顔に観える。
以上、多事自論。

BRONICA D + Carl Zeiss Jena DDR 2.8/80